目次
2026年3月29日、20時40分。
その夜は、いつもの日曜日の延長線上にあるはずだった。 通い慣れた大人向けのサッカースクール。30代から40代が中心の、激しさよりも楽しさが優先される、比較的強度の低いゲーム。私のポジションはボランチ。 中盤の底でボールを散らし、遅攻と速攻を使い分けながら、ゲームのリズムを整えたいと考えていた。頭の中には、これから展開されるであろう、いくつかのパスコースが描かれていた。
「自信」が破れた瞬間。
左サイドバックから、確かな感触を伴ったボールが届く。 相手を背負いながら、丁寧に足元にトラップ。 そのまま左へターンし、右サイドハーフへ展開しようと軸足を踏み込んだ、その時だった。
左膝が、外れた。
痛みよりも先に、自分の中にあった「自分だけは絶対に大怪我をしない」という、根拠のない、しかし揺るぎない自信が決定的に破れた感覚がした。そのままピッチに崩れ落ちる私の視界の中で、夜の照明に照らされた人工芝だけが、無機質に光っていた。
深淵への一歩。
48歳。 「まだ動ける」「まだ大丈夫」 そう信じていた肉体が、一瞬のターンの負荷に耐えきれず、白旗を上げた。倒れ込んだ私を、仲間たちが心配そうに囲む。 「大丈夫ですか?」という声が遠くに聞こえる中、私はただ、沈黙する左膝を見つめていた。これが、これから始まる12ヶ月におよぶ長い旅路の、最初の一歩になるとは。 その時の私は、まだ知る由もなかった。